【ご質問】魂の望み─学びたいことを学んだ結果何の役にも立ちませんでした。

ご質問者様は、要約させていただきますと、

「本当に学びたいことがあって大金を払って勉強したのに、今のところ何の役にも立っていない。 なぜ自分はこんな役に立たない経験をしなければならなかったのか」という疑問です。

誰にでも似たような経験はあると思います。役に立っていないように見えても、それを無駄だとは感じていない。 ただ、その意味を見いだせずに戸惑ってしまうのです。」

このような内容です。

本当に目的を持って学ぼうとする気持ちがありますと、分からないことに出会ったとき、調べたり、考えたり、覚えようとする姿勢が自然と生まれると思います。

人生の中で、自らやってみたいと学ばれる方も多いと思いますが、学ばれたことが、「役に立たないVS役にたつ」とような捉え方をされる方は多くないのではないかと思います。

それを踏まえていただいて、

このように「役に立つかどうかは、あなたの向き合い方で決まる」ともいえるかなと思いますし、このように「役に立たなかった」「勉強する意味がなかった」とか、数年前に学ばれたことに結論を出してしまうには、少し早い気がしております。

早く結論を出してしまうことは、

内側の深いところでは、不安に触れていることもあります。大金をかけて生かされていないと不安が続きますので、早めに結論付けすることで、意識的に不安を止めようとすること「心の守ろうとする」ことがあります。

また、役に立っていないという思いの中には、たとえば、あまり理解していなかったなどというような自分自身の何かがあって、そのように結論付けしてしまうこともあります。

このような評価は、自己の能力評価を守る意識に向いていくこともあります。

「本当に学びたいことがあって大金を払って勉強したのに、今のところ何の役にも立っていない。 なぜ自分はこんな役に立たない経験をしなければならなかったのか」という疑問です。という内容ですが、

本当にそう思われているのでしょうか? 何かの思いを隠すためにそのように決定付けしているのかなとも思っています。

そうですね・・自分を何かから守っていることが多いかなと思っております。できれば自分と向き合うことができる機会になっていければと思っています。

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